ぐず昔/磐梯町の伝説と昔話

ぐず昔
昔、昔、あったどよ。
あるところに 「ぐず」 ってゆう(言う)息子がいだど(居た。)
なめぇ(名前)もあっただげが、みんな 「ぐず 」って呼ばっていたんだど。
山さ鉄砲ぶちに行ぐようになってがらも、ずねぇ(大きい)雉が木の上さ止まっていでも、
「あの雉は鉄砲さ当だれば死ぐべがら、むずせ(可哀想だ)。」 って、
鉄砲はぶだねで(撃たないで)、うっつぁ(家)戻ってきたし、山鳥めっけでも
「あの山鳥は、ちっちぇがら(小さいから)ぶだね。」 って、いっつも空身で家さけぇってたんだど。
おどっつぁまは、ぐずに元気つけでくれんべど思って、
山さ鉄砲ぶちさ行ぐどぎ、ぐずに
「こんだはな(今度は)、空身でけぇってくんでねぇぞ。
木さ止まっていだら、親鳥でも子でも、けだものいだら親でも子でも、 な
んでかんで(何がなんでも)とってこうよ。」 言ってやったんだど。
その日、ぐずはおどっつぁまにゆわっちゃ(言われた)ように、今日ごそ親でも子でも、かまわねでとってくれんんべと思って、鳥でも獣でも出てくんのを待ってたんだど。
そうだげんじょ、(だけど)、昼間になっても、まんま喰ってがらも、親も子も出てこねがったんだど。
そんじぇも我慢してっと、晩方になって、お天と様も西ての山さかぐっちぇ(隠れて)、そこら辺り薄暗くなっちまったんだど。
そんじぇも、ぐずは親でも子でもとっていくべと思って待っていたずもなぁ。
家の方では、ぐずが晩げ(夜)になってもうっつぁ帰ってこねがら、仕方なぐなっておどっつぁまが山さ、ぐずんどご、むげぇさ(迎えに)いったど。
いつも雉ぶちする山の辺りで 「ぐずー」 って呼ばってみたんだど。
そしたら、ぐずはそれ聞いで
「よーし、それ親きたぞ」 っつわけで、 鉄砲でズドーンとぶっちまったづもなぁ。
ぐずがとんでってみだら、おどっつぁまはしんじまっていだがら、背中さおぶって家さかえってきたんだど。
せぇがら、家では大騒ぎになり、葬式出すのにまんま焚くどぎ
「ぐず、和尚にあげるまんまでも炊いてくろ。」 ってゆわっちゃがら、
ぐずはゆるりの端でかぎどのさま、下げたまんま(下げたまま)鍋の下さ、火どんどん焚いていたんだど。
したらば(そうしたら)、まんまが煮だちはじめて、鍋の蓋がプカッと動いたれば、鍋が 「ぐず」 ってゆったずもな。
それ聞いたぐずは、わが呼ばっちゃと思って
「アイ」 って返事したんだど。
ぐずは何かゆってくれっかど思って待ってたらば、また鍋の蓋動いて 「ぐず」 ってゆったんだど。
ぐずはまた 「アイ」 って返事したら、
こんだ 「ぐず、ぐず」ってゆうがら、
ぐずは 「アイ アイ」 って返事したんだど。
そのうち、まんま鍋の蓋、プカプカと動いて
「ぐず、ぐず、ぐず」 って煮立ってきたもんで、ぐずは
「アイ、アイ、アイ」 って続けて返事したんだど。
そんじぇもまんま鍋は
「ぐずぐず、ぐずぐず、ぐずぐず」 って止まんなぐなっちまったもんだがら、
ぐずも 「アイアイ、アイアイ、アイアイ」 って返事続けていたんだげんじょ、
ぐずはなんぼ返事しても、ぐずんどご呼ぶのやめねもんで、
ごせすって(怒って)脇にあった十能(スコップを小さくしたようなもの)でゆるりのあぐ(灰)すぐって、
まんま鍋の中さガサッとあけて、 火箸でグルグルとまんま掻き混ぜだら
「ぐず、ぐず」 って呼ばってだまんま鍋は、ピタッと呼ばなぐなってしまったんだど。
それみた家の人は
「何でこんなごど、わがんねだべ(分からないんだろう)。」
って怒ってみたが、なんともしょうがねぇがら(仕方ないから)、こんだ(今度)すり鉢でお汁の味噌すり頼んだんだど。
ぐずは、すり鉢、膝の間さ挟んで
ゴリ、ゴリ、ゴリっと味噌すりやっていだら座敷の方で
和尚様が
「ナムニャモニャモニャ、ナムニャモ、ニャモニャ」 と、お経を読みはじめやったど(はじめられたところ)。
味噌すりすり、ぐずは和尚様のおがむ、お経がおもしゃぐなって(面白くなって)、
膝の間のすり鉢挟んだまま、
「ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ」 とすりながら
「ウーおもしぇごど。」 ってゆいゆい、
和尚様の方さずり寄っていって、しめぇに(終いに)スリコギさついでる味噌、べったりと和尚様の鼻先さぬだぐっちまったんだど(塗ってしまった)。
そこで和尚様は、たまげっちまってお寺の方さ、逃げてっちまったんだど。
ざっと昔、さげえました。