厩嶽山馬頭観音 1/磐梯町の伝説と昔話

厩嶽山馬頭観音1
いつの頃の話か、さだかではないが、厩嶽山のふもとに源橋という村があります。
この村に昔一人の貧しい農夫がおりました。
農夫は毎朝厩嶽山に竹を伐りに行き、その竹を若松に売りに出てその日のくらしとしておりました。
ある日の朝、馬をひいて山に登り始めると、白い長い髭を生やした老人に出会いました。
老人は足をとめて、農夫にむかい、
「その方は、朝早くからよく働くのう、お前が竹を伐っている間、その馬をしばらく貸してはくれまいか」 と、話しかけてきました。
農夫は驚きました。
年齢は八十歳くらい、それに杖をついてよぼよぼと歩いている、この老人が馬をどうするのだろうと不思議に思い
「この馬をどうするのですか」
「乗って遊びたいのよ」と老人はこともなげに言いました。
「この馬はご覧の通り痩せ馬で乗れるものではありません」
「結構、けっこう」 といって老人は馬に乗ると、笹原の上を見事な手綱さばきで、雲か霞のように遠く姿も見えなくなりました。
やがて、農夫は、竹も伐り終わり、貸した馬を返してもらえないと帰れないので、途方に暮れておりました。
しばらく待っているとどこからか老人が馬に跨りニコニコと帰って来ました。
「今日は、乗馬を楽しませていただいて心からお礼申します。礼として、この物を差し上げます」 と手箱を農夫に渡しながら
「この箱を馬の頭にいただかせれば、どんな暴れ馬でも、みなおとなしくなります」 と、
言い終わるとどことなく姿を消してしまいました。
この農夫は、ある日若松へと出かけました。
若松のお城の近くの馬場では武士たちが馬乗りの連中でしたが、じょうずな乗り手はいませんでいた。
つい農夫は、口がすべって、
「旦那様方は、あまり馬乗りは上手でない」 と、言ってしまいました。
武士は聞きとがめて
「この百姓め、のれもしないでなに申すか」と怒りました。
農夫は、
「それでは乗ってお見せ申しますが、馬一頭をお貸し下さい」
武士は、誰も乗れない一番の暴れ馬を農夫に与えました。
「これに乗ってお見せ申しますが、旦那様方は、乗らないで見ていて下さい」
と、ひらりと馬に跨り、馬場を縦横に駆け回り人も馬も一心同体となり、
鞍上人なきが如き見事な乗馬ぶりで、最後は、五寸(15cm)ほどの柱を立て並べ、 その上を自由自在に乗り廻し乗り返して
「これは馬術のつばめ返しの術なり」 と、馬をとめました。
武士達はその妙技にみとれて声を出す人も、農夫の帰ったのもわかりませんでした。
その事は、世間中の話となり、藩主に召抱えられ、馬術の指南役となったようです。
厩嶽山の馬頭観音であり、手箱の中には轡が納めてあったと伝えられております。