リビング・ウィル<2007年.4月>
「リビング・ウィル」という言葉を聞いたことがありますか。リビングとは「生きている」ということ、ウィルとは「意思」のことです。
皆さんは、自分が不治の病になった時の事を想像できますか。
身内の方が急に病に倒れたとき、「一日でも長く生きてほしい、可能な限りの医療を受けさせたい」と考えるのは、家族としては当然のことです。現代の医療では、人工呼吸器や高カロリー輸液、経管栄養といった形で、延命処置を施すことが可能となり、家族も、そのような治療を望まれる事が多くなりました。
ところが、自分自身がそうなったらどうでしょう。
自分の意思で物事を判断できなくなった時や、植物状態になった時、苦痛や痛みを伴う時など、自身の尊厳が奪われてまで、延命治療を希望するでしょうか。
「リビング・ウィル」とは、自分が不治の病や末期状態になったとき、無意味な延命措置を断り、安らかな自然死を迎えたい、「尊厳ある死」を自分で決定したいという意思なのです。
不治の病に限らず、脳卒中や認知症など、自分自身の意思を伝えられない状況は、ある日突然訪れることがあります。誰もが自分には関係ない事を望み、普段の生活の中では、その時の事までは考えないものです。しかし実際には、自分自身の意思を伝えられない状況になって、自分が本当は望んでいない治療が施される場合もあるように思われます。
そのような日が訪れないことを望みながらも、万が一の時に、どのような治療を受けたいか、家族の方と、普段から十分話し合っておく必要があります。
また、もし認知症になったとしても、安心して過ごせるよう、信頼できる誰かにその後のことを任せておくことも必要ではないでしょうか。(任意後見制度という制度があります)
老いや死は、必ず訪れるものです。自分が元気で意思をはっきり伝えられるうちに、自分自身、家族、医療側、誰もが満足する死を迎えられるよう、「リビング・ウィル」(自分の終末期の在り方に関する遺言のようなもの)を遺してはどうでしょうか。
磐梯町医療センター 齋藤 充